講師の表情が見えない講演に何の意味があるのか

2007年11月28日

 幼稚園の園長先生方はさまざまな研修会、講習会に出かけて、いろいろな人の話を聞きます。しかしよほど優秀な人か、ちょっと変わった人でないかぎり、3日もすると話の中身の95%は忘れてしまうそうです。
 私は仕事柄、大ざっぱながらもキーワードをメモしていますので、録音を聞き直さなくても15%くらいは思い出せるかな、と思っていますが、メモがなければたしかに大半は忘れてしまいます。しかし不思議なことに講師の表情、声、身ぶり、人柄などは何年たっても忘れないものです。
 いつも熱心に研修会に出てくる愛知県のある園長さんがこんなことを言ってくれました。
 「講演を聞く上で一番大事なことは、講師の話し方を学ぶことです。園長は親や園児、職員など大勢の人に話す機会がたくさんあります。だから自分の言いたいことをきちんと伝えるにはどうするか、ちゃんと聴いてもらうにはどうするか、その話しぶりを見ることにこそ意味があるのです。中身を忘れてしまうのは仕方ありません。5%でも残っていればいいじゃないですか」
 たしかにそれは、リーダーたる者のもっとも重要な資質であり技量であると思います。
 ところがどうでしょう。最近の講演は、講師の姿も表情も見えないのが多くなりました。講師がいるはずの中央にはスクリーンが広がり、講師はステージの端あるいはステージ下の机で、背中を丸めてパソコン画面を見ながらボソボソしゃべっています。会場は暗いので講師の顔はほとんど見えず、メモをとるのもままなりません。眠気が襲ってくるばかりです。
 こんな講演では何の意味もありません。聴衆と向き合い、自分の体と言葉で迫っていくのが講演です。講師になる人はもちろん、研修を企画する人も、講演の原点に立ち返ってもらいたいと思います。
 プロジェクターがすべて悪いわけではありません。話の中身に関連する写真や映像を組み込むのは効果的です。しかし手元の資料と同じものをパワーポイントで見せるのはバカバカしいだけです。
 「でも流行だから……」とどうしてもパワーポイントでやりたいなら、スクリーンの前を所狭しと動き回って熱弁をふるい、昔の活動寫真弁士のようにやってもらいたいものです。そうすれば講師の人柄も印象に残り、話の中身も3%くらいは残ることでしょう。

幼稚園情報センター 片岡 進