注目された東京都議選は、劇的な結果を生んだことでさらに注目度を高めた。世情の風向きで順位の変動はあっても、全体の構成は大きく変わらないはずの中選挙区制にあってのこの結果は、歴史の転換を実感させた。
投票率は前回より10.5%上がって54.5%。「あれだけ話題だったのに投票しなかった人が45%もいるのか」と思うかも知れないが、この10%UPにこそ意味がある。5〜8%のUPでは自民党はまだまだ粘れて、自公で過半数の線は維持できたかも知れない。10%を超えたことで麻生首相らの希望的祈りは打ち砕かれた。
もし20%、30%上昇していたらどうなっていただろう。結果はほとんど変わらないだろう。当選した民主党候補の票がさらに増えるだけで、最下位当選ラインに大きな変化はないと思えるからだ。よく「1割の人の意識・行動が変われば、政治が変わり世の中が変わる」と言われるが、それを示した結果と言える。そう言われてみれば、かつての自民党田中派も現在の町村派も、衆参国会議員の1割強を握ることで政治を動かしてきた。
千葉市民である私は、今年になって知事選と市長選を経験した。おかげさまでどちらも私が支持・応援した人が当選した。タレントの森田健作知事(59)と最年少の熊谷俊人市長(31)である。森田さんは、前回惜敗したときからの応援だった。前任の堂本暁子知事よりはちょっとマシだと信じて行動したのだが、これほど自分の言葉を持っていない人とは思わず、正直言って「失敗した」と反省している。旗振りをした手前、家族や近所の人達と知事の話ができないのが寂しい。
そのことを同じ千葉市民である友人に話したら、「ああ恥ずかしい。俺の友達が森田に投票したなんて、恥ずかしくて家族にも言えない」と思い切り罵られた。「じゃ、お前は誰に入れたんだ」と訊くと、「俺が入れたいと思う人間は知事選にも市長選にもいなかった。だから棄権だ。当然だろ」と言った。こういう人が世の中には多いのである。
選挙とは自分が理想とする人を探し出すものではない。ドングリの背比べのような候補者を冷静に見比べて、紙一重でも、よりマシな人を判定するものである。判定が間違うことは多々あるが、時には維新を起こすこともある。10%の人が状況を作るのである。
私の友人のような投票しない人達、あるいは思想・宗教・その他しがらみによって特定政党の候補者しか投票できない人達は相手にせず、自分が状況を変え得るグループの中にいることに誇りを持ち、次の総選挙でもじっくりと人物を見比べ、できれば間違いのない判定をしたいと思っている。
幼稚園情報センター代表 片岡 進