森本邦子著『脱ひきこもり』

子どもの絵の変化と重なる若者の姿

幼稚園の早期・特色教育が原因のひとつ

2009年9月13日
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角川SSC新書/新書判186頁/780円+税

角川SSC新書/新書判186頁/780円+税

森本邦子(もりもと・くにこ)

森本邦子(もりもと・くにこ)
1935年京都府生まれ。京都女子大文学部卒。公立小学校の教師を10年勤めた後、ミネルヴァ心理研究所を開設。心理カウンセラーとして幼稚園の保護者、教師の相談に応じている。著書は『素敵に生きる女の母親学』(PHP文庫)『わが子が幼稚園に通うとき読む本』(同)『子育て110番』(徳間書店)など。

★毎年2000枚の絵を30年以上見続ける
 角川SSC新書『脱ひきここり』は、ミネルヴァ心理研究所(千葉県習志野市)の所長、森本邦子さんの最新刊である。今や日本の「ひきこもり」は100万人を超え、平均年齢も30歳を超えたという。その原因と予防策を独自の視点から探ってみようと試みたのがこの本である。幼児期の子どもや親子をテーマにした森本さんのこれまでの著作とはやや趣が違うが、私立幼稚園がひきこもりの温床になっていると指摘し、幼稚園教育に対する貴重な提言にもなっている。
 幼稚園保護者の悩み相談に対処する「幼稚園110番」活動、あるいは保護者・教員への講演活動など幼稚園界でお馴染みの森本さんだが、本業は園児が描いた絵を分析して、その子の性格、精神状況、家庭環境の問題点などを探る心理研究者である。
 その手法はドイツ発祥の「ワルテッグ・テスト」と呼ばれるもの。八つの四角枠の中に直線、曲線、点からなる小さな刺激図形があらかじめ書き込まれていて、それを組み込んだ絵を好きなように描いてもらう。その絵から子どもの心と家庭環境を分析し、問題の芽を見つけたときは、早めの予防策として親に助言を与えるというものだ。(内容と分析事例は本書の第一章に詳しく紹介されている)
 森本さんはそれを1970年代半ばから30年以上、毎年2000枚余の絵を見続け、その変容と幼稚園教育の変化を見つめてきた。
★ひきこもる若者から生の声を聞く
 そんな中、ひょんな縁から「ひきこもり」の若者の再出発を支援するNPO法人「ニュースタート事務局」と出会い、多くの若者から自分の生い立ちや家庭環境について生の声を聞くことができ、またアリ地獄から這い出そうともがき苦しむ姿に接した。
 そこで気づいたことは、80年代半ばから見られた子ども達の絵の気がかりな傾向が、20数年後の彼らの姿と重なったことだ。男9割、女1割という比率もぴたりと符合した。
 そこから、一見大雑把に見える森本さんが非常に緻密な考察を展開していく。その肝心の内容は同書を読んでもらいたいが、結論は「“ひきこもり”は、生きる意欲を育てない家庭と、心のバランス感覚がとれない本人が原因」だとし、その解決策は「本人がとことん自分と向き合って考え行動するしかない」としている。そして、我が子のひきこもりを隠す雰囲気のある家庭からは、今後も続々とひきこもりが誕生すると警告する。
★競争社会〜閉塞家庭〜頑張る幼稚園の連鎖
 社会背景や家庭環境がどうあろうと、立ち直るには本人の真剣さと懸命な努力しかない、と森本さんは若者に投げかける。ひきこもりの一番の原因が本人の自意識過剰気味の性格であり、そこに親や教師が変に対応するとこじらせてしまうからだ。森本さんらしいクールな視点である。
一方では現代社会の背景が子どもを歪めてしまったことも忘れていない。注目されるのは、幼稚園での「早期教育・特色教育」が、ひきこもりを生んだ大きな要因と指摘していることだ。子ども達の将来の可能性を広げようと行われている早期教育・特色教育だが、それがうまく機能するのはせいぜい15%の子ども達で、あとの85%は可能性も選択肢も見つけられないまま自分を見失っていくというのである。
 しかしこれも、ひとり幼稚園に責任があるわけではない。経済優先の競争社会があり、我が子をその中で生き残らせたいという親の素朴な願いを反映したものだからだ。つまり、競争社会〜家庭・家族〜幼稚園・学校と繋がる連鎖の輪から、ひきこもりの子が次々に吐き出されているのである。この連鎖を断ち切らなくては問題は解決しないと森本さんは結んでいる。
 「誰が、どこを断ち切るべきか」までは書いていないが、幼稚園の立場から考えるなら、それは親がやるべきことだと思う。競争社会に背を向けて、家族で地に足のついた生活を選べるのは親しかないからだ。
その決断をすれば、何も0歳〜2歳の子を保育所に預けてまで母親が働かなくても心豊かな生活があることはすぐにわかるはずだ。そんな勇気ある行動をとる親が再び過半数を占めるようになれば、日本社会の「脱ひきこもり」が実現することだろう。
幼稚園情報センター代表 片岡 進