★実の親による虐待が85%
2010年5月5日「子どもの日」、新聞各紙の論説は児童虐待の問題を取り上げた。虐待で死に至る子どものニュースが毎日のように伝えられているからだ。
厚労省の統計速報によると全国の児童相談所に寄せられた虐待の相談は2008年度は42,664件。児童虐待防止法ができた2000年当時から3倍以上になっている。この中には幼稚園関係者からの相談も相当数含まれていて、胸を痛めている先生も少なくないだろう。記事を見るたび、「児童相談所に事前通報があったのにどうして救えなかったのか」と腹立たしく思うが、これだけ件数が多いと対応が遅れてしまうし、相談所職員の「これは危ない」と察知する危機感覚も麻痺してくることと思われる。
虐待しているのは実母が60.5%、実父が24.9%。これまた「どうして実の親が我が子を虐待するのだろう」と信じられない思いだが、幼稚園でお母さん方に話を聞くと、多くの人が「子どもはこの上なく可愛い。だけど一歩間違うと虐待の道に踏み込む危険性をいつも感じている。どうしてなのかわからなくて自分が怖い」と話してくれる。
「まさか、この明るい笑顔のお母さんが」と思うが、その眼は真剣だ。なぜそんな危険性と同居しているのか、その答えのひとつを感じさせる講演を先日聴いた。2010年3月12日に行われたNPO法人幼児教育従事者研究開発機構(奥園淳子代表)の「子どもの未来を開くフォーラム」での、お茶の水女子大学・室伏きみ子教授(医学博士)が語った「子どもの心とストレス」である。
★早期母子分離のストレス実験
室伏教授らは子ネズミにストレスを与える心理的実験を行った。通常ネズミは生後3週間まで母親のそばにいて母乳で育つ。しかし2週間で母乳を断っても何とか自力で固形物を食べ、体温調節して生きていくことができる。そこで、ふつうに3週間母親のそばで育ったAグループと、2週間で母親から離したBグループに分けてその後の行動を比べてみた。すると柵のない通路に勇気を出して入っていく行動で、Aグループのネズミはあまり躊躇なく入っていくのに、Bグループは用心深く、なかなか動こうとしないネズミが多かった。同じBグループでもメスは比較的早く不安行動から脱したが、オスは何週間たっても怯えていたという。
「生物というのはどれもメスの方が丈夫に生まれてきますので、メスはストレスにも強いということなんですね」と室伏教授はサラッと言った。
もうひとつの実験は、生後1週間から4週間までの間、ふつうに母と子が生活するAグループと、1日に3時間ずつ母親を引き離すBグループに分け、音に対して驚く反応を見たところ、驚愕反応はBグループの方が強く、それも明るいときの反応が大きかったという。
★軽いストレスは良いストレス
室伏教授の話は、ストレスを受けた子ネズミの脳神経細胞の成長が遅滞する様子、あるいは母親になったとき十分な子育てができなかったり、攻撃的になったりする事例にまで及んだが、気になったのはオスの方に大きなストレス影響が出ることだった。そこで講演の後「人間の場合、3歳以上の幼児虐待死では男の子の割合がずっと多い。オスの方がストレスを強く受けるという実験結果と関係があるように思うのですが、どうでしょう」と訊いてみた。室伏教授は待ってましたとばかり、即座に「大いにあると思います」と答えた。
そこから推測できる光景はこうだ。乳幼児期に親から暴力を受けた子は不安行動、驚愕反応が大きくなるので、親の声を聞くとひどくビックリする。そして「これをやってくれ」と言われても、それができなくて怯えた表情をしてしまう。すると親はそんな我が子の行動と表情に腹を立て、制御の効かない暴力を繰り返し、死に至らしめてしまうということである。
ついやってしまった最初の暴力が次の暴力を誘い、どんどんエスカレートさせてしまう。その最初の暴力は自分自身が幼児期に受けた暴力の記憶が呼び覚ましたもので、ここに虐待の連鎖が生まれるわけである。自分の中の不気味な危険性を感じているお母さん方は、そんな落とし穴があることを知った上で、踏みとどまってほしいものである。
最後に室伏教授は「でも、温度調節が快適で美味しい食べ物が存分にある環境で育った子ネズミより、多少粗末な食べ物を食べ、寒かったり暑かったりする環境で育った子の方がずっとたくましく成長します。大きな環境変化にも耐えられるようになる。軽いストレスは子どもを強くする良いストレスなのです」と締めくくった。まさにこの点が親にとっての大事なさじ加減であり、越えてはならない一線なのだろう。
幼稚園情報センター代表・片岡 進