★夜9時から子ども向け番組が始まるデタラメ
東北大学加齢医学研究所・川島隆太教授の講演を、千葉市・幕張メッセ国際会議場で行われた全日私幼連関東地区教員研修大会で聴いた。毎日新聞「中高年の脳トレ特集」などで知られる、脳科学研究の第一人者である。演題はずばり「脳を育む幼児教育」。人間独特の脳である前頭前野を逞しく鍛え、充実した人生を送るための幼児期の親子関係、生活習慣のあり方を熱っぽく語った。 例によって川島教授の語り口は猛スピードだ。幼稚園児や東北大の学生なら難なくついていけるだろうが、錆の浮いたアラ還の脳味噌にはかなりきつい。しかしこれも、聴衆の作動記憶を働かせる、川島教授の愛の脳トレなのだろうと思い、必死で聴き入った。
講演内容全文は『月刊・私立幼稚園』の「研修会&都道府県レポート」に掲載したが、この中で川島教授がもっとも力を込めて2000人余の幼稚園教師に訴えたことは、アニメ映画『崖の上のポニョ』のテレビ放映に関する社会の異常さと無関心さだった。
宮崎駿氏の原作・脚本・監督による『崖の上のポニョ』は2008年7月に劇場公開され、2010年2月5日(金)に日本テレビ系列で初めてテレビ放映された。その放映時間が午後9時〜11時だったことに対して、川島教授は怒ったのである。
折しも、子どもの夜更かしが深刻な社会問題となり、「子どもは夜9時には寝床に就きましょう」という文科省の「早寝早起き朝ご飯」運動が地道に続けられているさなかである。この運動には多くの大手企業が協力しているし、マスメディアも繰り返しその中身を伝えてきた。それにも関わらずテレビ局は、寝床に入ろうとする子どもを叩き起こしたのである。
たしかにテレビ局も番組スポンサーも罪深い。しかし「それ以上に罪深いのは、この現実を座して見ている幼稚園教師の皆さんたちです」と川島教授は語気を荒げた。
「幼児教育の仕事をしている人なら、“これはおかしい"とテレビ局やスポンサーに抗議の声を上げるべきではないでしょうか。でもきっと“困ったもんだな"と思いながらも、何もしなかったと思います。だから世の中は変わらない、夜更かし社会は変わらないのです。こんなふざけたことを社会が許しているところに、すべての問題の根っこがあるのです」と言った。
★子どもの夜更かしは最大の悲しみ
そして「私はテレビ局に抗議のFAXを送りました。返事はありませんでした。でももし、今ここにいる2000人の先生方が、同僚や友人にも呼びかけて1万通、2万通のFAXを送ったとしたら、子どもの発達も日本の将来も何も考えず、ただ金儲けと視聴率しか考えていないテレビ局も驚くでしょう。“もうあなたの会社の製品は買わない"というメッセージを番組スポンサーに届け、それを何度も繰り返せば、スポンサー企業は現実的問題と合わせて自分達の罪深さに気づき、やがてそんな時間帯の子ども向け番組は消えていくはずです。黙っていてはいけません。1人ひとりが声をあげるのです。そうすれば社会は変わっていくことができるのです」と行動を呼びかけた。
そのとおりだと思った。幼稚園教師の自戒の念で会場は静まりかえった。思い返してみれば、『ドラえもん』や『アラレちゃん』はもっと早い時間に放映されていたが、『となりのトトロ』はじめスタジオジブリの作品は、どれも夜9時からの放送枠だったように思う。大人にも共感を呼ぶ作品だからだろうが、それがいつしか社会の感覚を麻痺させてしまったようだ。
しかし、5歳の宗介と魚から人間に変身したポニョの“愛と勇気のドラマ"は、あの大ヒットした主題歌と合わせて、子ども達は見たがるはずである。親だけが見て子どもに見せないというのも、親の心が痛む。まさにテレビの罪深さだ。
「夜遅くまで子どもが起きていることほど、世の中で悲しいことはないのです」と川島教授は言うが、この現実を一番悲しんでいるのは、よく眠るポニョと思いやりの宗介かも知れない。
これまで私は、テレビ、ラジオ、新聞で「幼稚園の保母さん」「幼稚園の保育士」あるいは「初めて学校に通う小学1年生」などという表現が出てくると、「幼稚園は教諭です」「学校は幼稚園からです」とFAXを送り続けてきたが、これからはこうしたテレビ番組も、見つけるたびにFAXを送ることを心に決めた。どうか、すべての幼稚園関係者が、川島隆太教授の呼びかけに応えてもらいたいと願うものである。
なぜ子どもは夜9時に寝床に入り、10時には深い眠りに落ちていなければいけないのか、そのメカニズムと将来の人生に及ぼす影響を川島教授はわかりやすく説いている。ぜひ『月刊・私立幼稚園』の研修会レポートで講演録全文を読んで、保護者の啓発に役立ててもらいたい。
幼稚園情報センター代表・片岡 進