★映像で壊された想像力と言葉
2010年7月21日(水)、九段会館で行われた東京都私立幼稚園連合会(北條泰雅会長=港区・みなと幼稚園)の研究大会で歌手・由紀さおりさんの講演を聞いた。
コンサートツアーを続けるかたわら、保育所、幼稚園をこまめに回って歌とお話のボランティアを行う由紀さん。テーマは若い母親、女性、子どもたちに「美しい日本語」を伝えること。例のオホホ調のさらりとした語り口ながらも、執念ともいえる強い思いがみなぎっていた。
クラシック歌手の姉・安田祥子さんと一緒に歌った「ひばり児童合唱団」をスタートに由紀さんの歌人生は長い。17歳のとき本名でプロデビューしたがパッとせず、20歳で「由紀さおり」に改名した「夜明けのスキャット」が大ヒットした。以来40年余、そのうち24年間は姉と二人で童謡唱歌を歌ってきた。
きっかけは「ジャンルは違っても同じ歌の仕事なんだから二人で一緒に歌ってほしい。その姿が見たい」という母親の一言だった。そこで児童合唱団の原点にもどって童謡唱歌を歌い始めた。それが美しい日本語を再発見し、同時にその危機を感ずることにもなった。
「今の子どもたちの歌に関わる環境は、自分の子どもの頃に比べて大きく変わった」と言い、「ずいぶん便利になりました。でも、その代わりに大切なものをたくさん失ってしまった」と嘆く。
たとえば「私の子どもの頃、歌はラジオで聴きました。メロディと言葉に耳を澄ませ、自分なりに情景を思い浮かべ、そのイメージの中で自由に遊びました。ところが今の歌は、テレビ、アニメ、映画、DVDとほとんどが映像と一緒に見るので、踊りやスタイルにばかり気がとられ、彼らが何を歌っているのかわからない。リズムが強くて気持ちを高揚させる歌ばかりで、しっとり落ち着いて聴ける歌がない」
★子どもには母の声が最高の宝物
「昔は歌から言葉の意味を感ずることもできました。『メダカの学校』を聴くと、メダカって何だろう?川の中っていっているからきっと魚だろう。そっと覗かないと逃げてしまうんだなと思って、歌うときは自然にそっと首を伸ばすようにしたものです。今はそれがない。言葉は断片の繰り返しで全体の意味を感ずることができません。言葉が足りない、コミュニケーションがとれないという今の若者の問題点はここに原因があると思います」とも分析する。
もうひとつ、親子の絆、子育てのあり方についても鋭い指摘があった。
「3歳未満児の親子を対象にした『すくすくラボ』という企画で保育園におじゃましたりしますが、そこでびっくりするのは、子どもを寝かしつけるとき、歌ってあげるお母さんは5%、お話や読み聴かせをするお母さんも5%、合わせて10%しかいないことです。残りの90%はお母さんの声が聞こえない中で寂しく眠りにつくのです。子どもにとって、大好きなお母さんの声は最高の宝物です。その宝物が眠るときにそばにいないなんて悲しいことです」
★歌えば母のストレスも消える
「聞いてみると、朝6時から夜8時まで保育所で過ごしている子どもがいます。保育士さんは三交代で世話をするそうです。夜8時に迎えにきたお母さんは、次の日も朝早いのでゆっくり子どもにつき合っていられず、お話も歌もないままお母さんが先に眠ってしまうそうです。子どもは、お母さんの声を聞いてその心を知ることができるのに、声を聞くこともできないのです。こんなことで健やかな子どもが育つはずがありません」
「どんなに疲れていても、母と子で一緒に歌を歌えば子どもは幸せに浸り、母はストレスが消えます。それが歌の力です。日本の歌はリズムではありません。美しい旋律と美しい言葉なのです。その美しい日本語を守っていくためにお母さんは歌ってほしい、先生も歌ってほしい、おじいちゃんもおばあちゃんもどんどん歌ってほしい」と訴えた。
話を聴いていて私は、映画「マイフェアレディ」を思い出した。言語学者のヒギンズ教授(レックス・ハリスン)が花売り娘のイザベラに「美しい言葉こそ人間の品性だ。美しい言葉を身につければいろいろなことができる人になる」と説いていた冒頭のシーンである。由紀さおりさんの表情がオードリー・ヘップバーンと重なったような気がした。
幼稚園情報センター代表・片岡 進