2010年11月17日(水)、ホテル・ハイアットリージェンシー(東京新宿区)で株式会社ジャクパ(五十嵐勝雄社長/本社=東京都小平市)の創業40周年特別講演会が行われた。同社は全国約1,000の幼稚園に体育と英会話の講師とプログラムを提供している会社で、スポーツと英語を通じて世界で活躍する子どもを育てている。その会社理念に沿った講師には美しい日本語のマラソン解説で知られるスポーツジャーナリスト、元日本代表マラソン選手の増田明美さんが招かれた。約100人の幼稚園園長が聞いたその講演内容の一部を紹介しよう。
★気がつけばスキップしている遊びを
小さい頃から子どもが大好きで、将来は幼稚園か小学校の先生になりたかったという増田さんは、外国の子ども達との体験から話し始めた。発展途上国の子どもと女性を支援する日本フォスター・プラン協会の活動でラオスの小学校を訪ねたときのことである。
「日本のことを話しても私のことを話しても、子ども達はずっと硬い表情をしたままでした。弱ったなと思って外を見ると赤土の坂道があったので、『あそこをみんなで走ろう』と誘って外に出て、約200㍍の坂道を走りました。すると一言もしゃべらなかった子ども達が一斉に笑って、いろんな表情を見せてくれたのです。体を動かすことが心をつなぐことを実感しました」
ところが今の日本の子ども達は、体を使った遊びやスポーツが足りない。体は大きくなっても体力が低下している。転ぶときに顔から落ちる、ボールを投げる前に手からこぼれるなどの珍現象が起き、走っている姿を見ても、腕の振りや足の蹴りが外側に流れて、いわゆる女走りになっている子が多い。それは筋力不足からくるものだと指摘する。
スキップには体中の筋肉を強くする効果があるが、できない男の子が多い。「人はうれしいとピョンピョン跳びはねます。そんな遊びをしていればスキップは自然にできるようになります。柔道のヤワラちゃんが初めてオリンピックで金メダルをとったとき(2000年のシドニー五輪)、ピョンピョン飛び跳ね続けましたね。あれを見て私も、2時間30分30秒のマラソン日本記録を出したときを思い出しました。嬉しくて嬉しくて、競技場からホテルまでずっとピョンピョン飛び跳ねて帰ったのです」と笑った。だから子ども達には気がついたらみんなでスキップしているような遊びが理想的だという。
「遊びを通していろいろなスポーツ活動をすると、①身体を動かす喜び(身体的要素)、②できなかったことができるようになる喜び(情緒的要素)、③できないことがどうしたらできるようになるか考える(知的要素)、④みんなと一緒に汗をかく(社会的要素)の4つの要素がすべて身につきます。スポーツで賢く心豊かな人間が育つのです。プログラムを工夫して、子どもたちにたくさん運動遊びをさせてほしい」と呼びかけた。
★小さい頃から孤独に耐える力を
「幼児教育では早すぎると思うかも知れませんが」と前置きして、「大学生を見ていると1人でいることが弱い。いつも誰かと一緒かメールで誰かと繋がっていないと不安になるようです。だから子どもの頃から孤独に耐える力を鍛えてほしい。困難なことに出会ってもひとりで乗り越えていく力です。自分の人生を歩んで行くには必要です。スポーツを通して訓練すれば、自然にその力がついてきます」とも言う。
「高校の時、どんなにきびしい練習でもたった1人でやり通すしかなく、とても孤独でしたが、そんな練習ほど精神的に鍛えられ、いくつもの記録をつくることができたと思います」。しかし「今の若い選手は走るのが嫌いになってしまうので、そんな辛い練習はさせられない、という監督やコーチの話を聞くと複雑な気持ちになります」と嘆いた。
そんな孤独に強い増田さんにも大きな挫折があった。1984年、20歳で出場したロサンゼルス五輪のときだ。
「自分はこどもの頃からとても心配症で、不安な事があるとなかなか気持ちを切り替えることができないタイプでした。だからオリンピックが弱かった」
「高校の時から良い結果だけをイメージし、追い続けていました。頭の中は常に良い結果ばかりを考え、高校の時はそれでうまくいっていました。しかしそれは逆に、イメージどおりにいかないことがわかると諦めたり心が折れてしまうことでもあったのです」
メダルの期待を背負って走り出したマラソンレース。いつもの通りスタートから4kmまではトップで走った。が、次第に抜かれはじめ、日本の佐々木ななえ選手にも抜かれてしまった。そして16㎞で足が止まり、無念の途中棄権となった。
「あのとき、“日本のために、ななえさんお願い”と応援しながら後ろから走っていけるだけの気持ちの力があれば良かったのですが、それがなかったのです」と振り返る。
★お前を見ていると疲れる
この失敗で、これまでの自分を全部否定して新しい自分になるため、米オレゴン大学にマラソン留学することになった。しかし気持ちを切り替える力はなかなか生まれてこなかった。相変わらず良い結果だけが頭を占めていて、試合前になると緊張し、カーテンを閉めた部屋に閉じこもっていた。そんな増田さんの姿を見て、ブラジル人のコーチは「お前を見ていると疲れる」と言った。
なんてひどいことを言う人だろうと増田さんは思ったが、コーチは「良い結果と言うのは、自分が生きていてハッピーだと思った時についてくるものだ」と、その意味を増田さんに話した。言われてみれば、他のチームメイトは、ハロウィンパーティーを楽しみ、バーべキューで地域の人たちをどう楽しませようかと考えて毎日の生活を楽しんでいる。そして、いざ競技になると気持ちを切り替えて挑む。みんながそうしていることにようやく気がついた。
「今は、毎日を楽しんで心を豊かにしていくことが良い結果を生むと信じています。どんなに辛いことがあっても頭を切り替えて取り組むようにしています」と打ち明けた。
最後に「有森裕子さん、高橋尚子さんらトップマラソンランナーを何人も育ててきた小出義雄監督は、選手の後を伴走する時の掛け声は“いいね”“最高”の二つしかない」という例をあげて、「ほめることはとても大事です。タイミング良く短い言葉でほめる事で自信をつけ、力を発揮することができる。どうぞ子どもたちを上手にほめて育ててください」と話をしめた。そして「実は私、歌手の都はるみさんに似ていると言われるものですから」と言って、♪サヨ~ナラ、サヨナ~ラ、元気でい~てね♪と見事なこぶしを一節披露した。
幼稚園情報センター・田代 茂/LLPハッピーフォトコム代表