★「誰だろう?」と友達を訪ねて
冬まぢかな森の秋、きつねのキキくんと明日の約束をしたうさぎのウウは、風に舞う木の葉といっしょに踊りながらおうちに帰りました。毛糸の靴下を編んでいたお母さんが「さっき、『あそぼ!』って誰か来たよ」と教えてくれました。
「誰だろう?」とウウは次々に友達を訪ねますが誰だかわかりません。でもおかげで、お母さんのお手伝いをするりすのリリちゃんと一緒にドングリ拾いができ、大ケガをして寂しくしていたさるのササくんを元気づけることができました。ちょっと気まずいことがあったくまのククくんと仲直りもできました。
結局、遊びにきたのが誰なのかわかりませんでしたが、翌日わかりました。カッパ頭に唐草模様の風呂敷マント、腹掛け1枚の「風の小太郎」でした。「もうすぐ冬ですよ」のお知らせをしている途中でウウたちの楽しそうな様子を見て、仲間に入れてもらいたいと思ったのでした。
小太郎くんが動けないササくんを迎えに行った間に、ウウたちは歌いながらドングリパイを焼いてパーティの準備をしました。手作りオヤツを食べ、たくさん遊んだみんなは、今度は力を合わせてササくんをおうちまで送っていき、夕焼けの中を「また遊ぼうね」とそれぞれのおうちに帰っていきました。
★ドラえもんとも昔話とも違う世界
童話作家「なかむらふう」こと埼玉県・幸手ひがし幼稚園の中村和枝園長が作った最新絵本はこんな内容である。中村先生と同人誌「さん」の仲間である児童文学者・岩崎京子さんは「構成は幼年童話のオーソドックスなパターンですが、遊びにきたのは誰だろうと探し歩くところは、幼年ミステリーという新しいジャンルかも知れません」と推薦する。
幼年童話のオーソドックスパターンとは何か。それは「いつでもどこでもみんな仲良く」だ。大人になると、なぜかできなくなってしまうこのテーマを、いつまでも持ち続けてほしいとの願いから多くの絵本は作られる。
その世界は、現実の人間模様が共感と哀愁を誘うドラえもんやアンパンマンとは違う。慈悲と冷酷が交錯する昔話とも違う。汚れのない純粋な人の心、人間社会の究極の理想を、繰り返し子ども達の身体に染み込ませていくものが絵本である。
同じテーマでも設定を変え、味付けを変え、時にはミステリーの趣で子ども達を楽しませる。それが幼稚園の園長先生ならではの視点とアイディアだ。
ウウちゃんもリリちゃんも、ササくんもキキくんも、やさしいお母さんの姿があった。帰り道、みんなが風のジュウタンに乗って小太郎くんに押してもらおうと思ったらビクとも動かない。だけど降りてみんなで引っ張るとビューと飛んでくれた。こんなところに園長先生らしい味付けを感じた。ではククくんのお母さんはどうしていたのか?家の中で冬の準備をしていたのかも知れない。それともお昼寝か?ここにも見えざるミステリーがひとつあった。
中村先生は子どもの頃、親や祖父母が自分の名前を呼ぶとき、「かずえ」ではなく「かぜ」と聞こえた。「私は風だ」と思っていた。そこから転じた「ふう」というペンネームである。だから風の小太郎が登場したときは思わず拍手した。小太郎には小気味のいい響きがある。「中村先生はきっと小太郎という名前が好きなんだな」とも思った。
誰とでも仲良く、そして自然とともに素朴に生きる、これをテーマに、今度はどんな風を吹かせてくれるか、なかむらふうさんの次回作を楽しみにしたい。
『月刊・私立幼稚園』編集長・片岡 進