私立幼稚園のチャレンジ精神

日本の幼児教育をもっと世界に広げよう

オマーンと米国で活躍する日本女性の事例

2011年5月29日

★園児5人の幼稚園から世界一の学校に
 海外で日本流の教育活動を展開している二人の女性を紹介しよう。
 1人は東京都立川市出身の旧名・森田美保子さん。手芸やデザインを中心にしたカルチャー教室を経営していた20代のシングルマザーは、文化交流を通じて知り合ったオマーン国の公務員に見初められて結婚した。1982年のことである。オマーンはサウジアラビアの隣、アラビア半島の東南端にある海岸線の長い砂漠の国。石油資源に恵まれ、約280万人の国民は豊かに暮らしている。
 イスラム教に帰依し、オマーン国籍を得てスワーダ・アル・ムダファーラと名前が変わった彼女は、夫と前妻の間の三人の息子と自分の娘の計四人の子どもの母親として子育てに取り組んでいたが、手が離れるようになると「日本人の代表として何かこの国の役に立てることはないだろうか」と考えて学校を作ることを思い立った。夫の反対を押し切り、現地の小学校に通ってアラビア語とイスラム文化を学び、教育学の勉強をし直して資格をとり、さまざまなビジネスで資金を作り、オマーン文部省の壁を突き破ってアザン・ビン・ケイス・スクールという私立学校を開いたのは、湾岸戦争さなかの1990年秋だった。
 園児5人の幼稚園から始まったが翌年には100人を超え、その子たちが進む次のクラスを毎年増やしていった結果、幼稚園から高校まで15年間の一貫教育が実現。児童生徒数は約600人になった。障害児と一緒に暮らす統合教育、授業をすべて英語で行う教育法も成果を発揮し、2008年には同校の高校生がIGCSEという国際統一試験で最高点をとり、世界一の学校の評価を得るに至った。
 この経緯は本人著『砂漠に創った世界一の学校』に詳しく書かれている。オマーンの子ども達があまりも甘やかされていると感じて、日本の教育や躾を伝えたいと思ったことが大きな実を結んだものだ。日本の教育思想が中東の人々にも素直に受け入れられたとも言えるが、あらゆる文化を自分達のものに取り込んでいく奥深いイスラム社会の風土がなせたことでもあった。
 同書には、学校の仕事に熱心になったあまり、アル・ムダファーラというファミリーネームをもらった夫と離婚に追い込まれていく辛い日々も描かれている。それを乗り越えていく日本女性の心情とタフさが垣間見えるのも興味深い。また日本の教育者が忘れかけている教育理念、経営哲学をあちこちに見つけることができる。
 ちなみに彼女は今、創立20年を区切りに校長を後進に譲り、より多くのオマーンの子ども達の悩みに応えるためのカウンセリング活動を始めた。同時に、イスラム思想と日本の伝統文化が融合した新しいスタイルの学校を日本で開設することを計画しているという。

★日本の幼稚園をそっくり実践して
 もう1人は大阪府豊中市で私立幼稚園教師をしていた梅畑和子さん。2011年3月30日、東京・青山学院大学で行われた彼女の講演を聞いた。
 キリスト教会の仕事をしている夫と共に渡米した彼女は、1987年、教会の付属施設として日本人家庭の子どもを預かる幼稚園を始めた。名前は「こどもの家」、場所はロサンゼルス市の東方郊外、サンゲーブル。幼稚園教師の使命と喜びが身に染み込み、それをアメリカでも実践したいと思ったからだ。しかしいかに自由の国アメリカでも、こうした施設を開くにはライセンスと届けが必要ということで通報された。ところが実情視察にやってきたカリフォルニア州の担当官は「あなたは良いことをしている。子ども達の目が生き生きしていることでそれがわかる」と言ってくれ、州政府の認定施設になることができた。アメリカらしい大らかさでもある。
 今、この幼稚園には約300人が通っている。日本語で行う純日本流の幼稚園なので、最初は日本の現地会社に勤める日本家庭の子どもばかりだったが、バブルがはじけて日本の会社が減ってからは、保育の中身は同じなのにアメリカ人やヒスパニック系の子どもが増えてきたという。それこそ子ども達の目の輝きを見て「うちの子も日本の幼児教育を受けさせたい」と思ってのことである。
 同園の基本方針は、①子ども同士の小さな社会、②動物の飼育、農作物栽培などの体験、③キリスト教精神の三つ。その上に行事活動が組まれているが、七夕、運動会、餅つき、豆まき、ひな祭りと日本の幼稚園とそっくり同じ。HPを見ると卒園児、地域の人達もたくさん集まって賑やかに行われている様子がわかる。日本の幼稚園でクリスマスやハロウィンが広がったように、いつの日かアメリカの幼稚園でも餅つきや豆まきが一般化するかも知れない。
 ひとつ日本の幼稚園と大きく違う点がある。保育日数と保育時間だ。基本は週2日で、それも午前クラス(2時間半)、昼クラス(3時間)、午後クラス(2時間15分)と三部制になっているので、ひとつの部屋を4~5つのクラスで使い回せるという効率的な運営になっている。これはアメリカの幼稚園も同じような形なので現地の人に違和感はなく、逆に月・水はアメリカの幼稚園、火・木は日本の幼稚園、あるいは午前中は日本の幼稚園で昼からはアメリカの幼稚園というダブルスクールが一般化しているとのことである。
 こうした中東や米国の様子を聞くと、日本の幼稚園が進出できる余地は大きいと思える。時刻どおりの電車運行、時間指定の宅配、警報が鳴るとすぐに駆けつける警備会社……日本で当たり前に行われていることが世界では驚きだと言われる。幼稚園教育もそのひとつだ。これからの時代、日本で経験を積んだ先生が海外に飛び出し、日本のダイナミックできめ細やかな幼児教育が世界中に広がっていくことを期待したい。
※「こどもの家」
幼稚園情報センター・片岡 進