起死回生を果たした語る力

野田首相の民主党代表選演説から学ぶこと

日本の政治と社会に風穴はあくだろうか

2011年9月25日

★わが心のねじれ現象
 2011年8月30日、民主党政権で3人目となる野田佳彦首相が誕生した。思わぬドジョウブームを巻き起こし、ご祝儀の支持率上昇も見られたものの、「やれやれまたか、どうせまた1年持たずに交代だろう。日本はますます沈没する。さっさと解散総選挙をして政権を返上してもらいたい」と望む声は根強い。私もその立場の人間である。市会議員から国会議員まで、民主党議員の資質、品性はあまりにもお粗末で、政治家が備えるべき調整能力、判断力もほとんど見られない。もちろん自民党にも教養豊かな政治家は少なくなったが、民主党はその比ではない。
 そんな「民主党クソ食らえ主義者」の私だが、こと野田佳彦氏となると心が揺らぐ。新憲法下で誕生した千葉県初の総理であり、我が町(幕張本郷)の隣、津田沼、船橋の駅前で雨の日も風の日も演説する姿に何度も出会ってきたせいだ。
 ここ数年は船橋市・K幼稚園の新年会で毎年顔を合わせ、民主党の問題点を意見したりもしてきた。野田さんは嫌な顔をせずに耳を傾け、「ご教示ありがとうございました」と手を延ばしてくる。しかも「楽しいから帰りたくない」と新年会には最初から最後までいる人だった。真面目で、それでいてどっしり懐の大きい人なのである。ねじれ国会と同じく、我が心も妙なねじれ方をしてしまったと言わざるを得ない。できれば野田首相には、民主党政治に風穴をあけ、日本全体の空気入れ替えを期待するところでもある。
 K幼稚園の理事長は「野田さんには総理大臣になってほしい。それが僕の夢だ」と言っていたが、「いや、今回は無理だよ」と代表選の3日前に北欧の教育視察に出かけた。その見方は政治専門家も同じだった。前原誠司氏の出馬表明によって野田さんは三番手か四番手になるだろうと代表選直前まで思われていた。
 しかし結果は、当の民主党議員たちが驚きの声をあげるほどだった。裏の事情はわからないが、素直に状況を見れば、あのドジョウ論を披露した16分の選挙演説が力を発揮したのは間違いない。そこでここでは、起死回生を果たした野田演説から学ぶべきことを探ってみたい。幼稚園の理事長さん、園長さん達も園児保護者や地域の方々に話す機会が多いので参考になれば幸いだ。

★演説も対話も相手を見据えて
 ラジオで5人の演説を聞き終えたとき、ひいき目抜きに「野田さんの演説が一番おもしろかった」と思った。実際、緊張の会場に三度笑いが起きた。どれも自虐ネタだった。このユーモアセンスは欧米の政治家やお笑い芸人では当たり前のものだが、滑らずに使える日本の政治家は少ない。その意味では国際感覚を備えた政治家だと言える。
 だが野田演説に対する私の採点は60点だった。壇上で刺殺された旧日本社会党・浅沼稲(いね)次郎委員長の名前を「いな次郎」と言ってしまったことが致命的で、20点マイナスした。事件があったとき彼は三歳半だったから仕方ないかも知れないが、事件を知っている世代としては許しがたい間違いである。あとの減点20は、東日本大震災の問題にほとんど触れなかったことで、「それじゃまずいだろう」という老婆心だった。この点数は前原氏の70点、馬淵澄夫氏の65点に次いで三番目だった。
 私より30歳年下の、船橋に住む息子からは「野田さんの演説に感動した。だけど結果は難しいだろうな」というメールがきた。私もそう思った。声の良さ、先輩をもれなく立てるソツのなさ、基礎票の固さ、それに世論の期待度を考えると「やはり前原さんの方が上だろう」と。
 しかしユーチューブで動画を確認して、前原氏に浮動票が動かなかった理由がわかった。彼はほとんど下を向いて原稿を読んでいたのである。海江田万里氏も同様だった。下を見ず、常に会場を見据えて語ったのは馬淵、野田、鹿野道彦氏の三人だった。その姿を見て、義理にしばられていない民主党議員は「我々の代表は、この三人から選ぶしかない」と思ったことだろう。外国要人との会談でも原稿を見ながら話す首相など懲り懲りだからだ。
 対話はもちろん、演説であれ講話であれ、人前で話すときにもっとも大事なことは聴く人としっかり向き合うことである。話し手の姿、声、表情、心が備わってこそ話の中身が正しく伝わるのである。最近はやりのプロジェクターを使った講演会は、その基本を外したものと言わざるを得ない。
 その点、姿勢も表情も一番毅然としていたのは馬淵氏だった。しかし自分の政治信条を語るうえで田中角栄元総理をあまりにも引き合いに出しすぎた。角栄氏は金権政治、軍団政治の元祖であり、その教えを受けたのがゴロツキ政治家と言われる小沢一郎元代表だ。そして今は民主党に属する田中真紀子氏の父親である。たとえ少年時代に抱いた純粋な心情であっても、「どうしてそれを今、長々と話さなくてはいけないの?」と疑問を感じたのは私だけではないだろう。
 自分が何者かを一切語らず、震災対応を中心に政策論で押し通した鹿野氏は、一度も下を見なかったが、その顔は会場の左隅と右隅ばかり向いて、正面を見据えることは一瞬たりともなかった。それは「この人は本心を語っているのだろうか」と思わずにはいられない振るまいだった。
 したがってこの時点で、まだ投票先を決めていない人の選択肢は馬淵、野田の二人に絞られただろうが、話の中身と共感性で野田さんに軍配が上がったと思われる。その結果、二番手となり「海江田さんに勝ち目はない。二番手が決戦投票を制す」の予想どおりになった。まずは話す姿勢と視線、これが大事ということである。

★自分自身のエピソードを具体的に
 さて肝心の話の中身だが、野田さんは父親と母親の出自、新婚生活から話し始め、105票差で落選し浪人生活を送った日々の苦悩と再起を赤裸々に語った。そこに笑いがあり、涙があった。ただ、この手の話はエピソードや話し方をひとつ間違えると逆効果になることも多い。しかし野田さんは上手に自身の人柄を伝え、共感を呼んだ。毎朝の駅前演説で失敗を重ね、手応えをつかんできたからこそできる、泥臭い洗練さだと言える。
 その中で感心したのは印象に残る言葉をいくつも繰り出したことだ。たとえば「時代小説で政治の素養を身につけた。司馬遼太郎で夢と志の世界を知り、藤沢周平で下級武士の矜持を知り、山本周五郎で人情の機微を学んだ」「男の子二人を膝に乗せたときの、髪の毛の匂いが忘れられない」などだ。時代小説好きには堪らない言葉であり、親なら誰でも知っている子どもの頭の匂いをサラリと言ったことに軽い驚きがあった。同時に「野田さんは時代小説好きで男の子が二人いる」という個人情報も提示している。
 ほかにも朝顔、下町のロケット、そしてドジョウと、野田佳彦を思い出させる具体的キーワードを聴衆にいくつも提供した。
 「幼稚園110番」を主宰し、幼稚園の保護者、教職員の相談事に応じている森本邦子氏(ミネルヴァ心理研究所代表)の話によると、「相談事の多い幼稚園は、園長先生のイメージが希薄で、その人柄、性格、生い立ちなどを現すキーワードがほとんど見えてこない。ところが相談事の少ない幼稚園は園長先生の姿が明確で、釣りだ野球だビールだと、お母さん方はたくさんのキーワードを知っている」とのことだ。野田さんの演説の中身と相通ずるものがあると思う。
 話すこと、書くこと、伝えることが必須の仕事である幼稚園の理事長さん、園長さん方にとって、起死回生を果たした野田さんの演説にはまだまだ学ぶ点があると思うが、それはユーチューブ動画を見てそれぞれくみ取ってもらいたい。
 それはともあれ、自分の言葉で的確にものごとを語れる新首相には、日本の迷走政治を正し、時代小説の武士のような潔さを発揮してもらいたいものである。

※野田佳彦氏の民主党代表選演説(YouTube)
幼稚園情報センター・片岡 進