★首相構想と全日私幼連提言の共通性
あれから1ヶ月余りが過ぎた。「え、何が?」って、麻生首相が総選挙対策用のアドバルーンにしようと試み、空気を入れている途中でしぼんだ「厚労省の分割再編と幼保の所管一元化構想」である。
巨大な厚労省を、医療・年金・介護を担当する「社会保障省」と、雇用・少子化問題などを担当する「国民生活省」に分けるというもので、有識者による政府委員会「安心社会実現会議」からの提言が発端だった。首相は、この構想に長年の懸案である「幼保一元化」を便乗させることを思いつき、保育所を組み込む国民生活省に文科省の幼稚園、内閣府の認定こども園も取り込んで児童局を新設し、小学校入学前の子どもを一元所管するのがいいと、その具体化を与謝野馨財務・金融・経済財政相に指示した。
2003年3月、全日本私立幼稚園連合会の三浦貞子会長(当時)は、幼児教育に関する重大な改革提言を行い、「子ども省」の創設を訴えた。そこには、所管と財政を一元化することによって、0~2歳は保育所、3~5歳は幼稚園と単線型のわかりやすい制度にしたいとの願いが込められていた。また小学校入学年齢引き下げの動きから幼児教育を守りたいとの思惑もあった。
麻生首相の思いつきは、この提言に沿っているわけで、正直言って私も「おや麻生さん、土壇場でいいことを言う。これは選挙対策のアドバルーンになる」と思ったものである。幼稚園と保育所の所管が分かれ、区別や差別されることに世の親がイライラを募らせ、それが少子化政策に水をかけ続けていることは、幼稚園界の外野席にいる身にはよくわかるからだ。
★欠けていた文教族への根回し
この話題が沸騰しているさなか、5月27日に行われた全日本私立幼稚園連合会の総会は緊迫ムードが漂った。いつもは顔見知りの業界誌記者が三人ほどしかいない報道席に、テレビカメラが何台も入り、パソコンを抱えた大手新聞社、通信社の記者が詰めかけた。「誰が来るんですか?」と訊くと、パリッとしたスーツのエリート記者は「森さんが来るんです」と答えてくれた。政界のドンである森元首相が何を言うかで、この問題の転がる先が見えると踏んだのだろう。
しかし来賓リストのトップに名があったのに森元首相は現れなかった。ほかの来賓では、町村派の町村信孝会長(元文相)が「私の持論は子ども庁創設だが、こんな安直に考えてはいけない。だいたい幼保の問題は性急に進めるべきものではない。どうか心配は無用にしてほしい」と述べ、塩谷立文科相は「急に話が出てきたことは理解しがたい。学校体系から幼稚園を外すなど心外で、(厚労省問題の)とばっちりを受けた思いだ。でも心配はいらない。私に任せてください」と胸を張ったのである。
総理大臣が指示したことに対して、党幹部、現職閣僚がここまで堂々と首相批判ができる背景は何だったのか。それはどうも、文教族の親分である森元首相に話を通していなかったことのようだ。麻生首相の擁立を強く推進したのが森元首相。この二人の関係から、首相の思いつきには森元首相のお墨付きがあったものと思っていたが、それが違っていたらしい。
麻生首相にすれば、全日私幼連の子ども省構想は森元首相も町村氏も支持していたのだから、阿吽の呼吸で文教族の後押しを期待していたのかも知れない。
あるいは「厚労省からも文科省からも切り離した子ども省(庁)ならいいが、再編とはいえ幼稚園が厚労省に呑み込まれる形は容認できない」と親分は思ったのかも知れない。実は文科省や幼稚園関係者が心配したのもそこだった。奇しくも塩谷文科相が「所管をひとつにするなら、文科省が保育所を引き受ける。そして保育所を全部認定こども園にする」と発言していたことに、その気持ちが現れている。
★求める一元化を国民に明らかにすべし
アドバルーンがしぼんだもうひとつの要因は、保育所関係者と厚労族が、いち早く反対の声を上げていたことだ。保育所としては、いわば自分の陣地に幼稚園を入れるのだから良さそうに見えるが、幼稚園と財政を分け合うことになれば、保育所への補助金が減ってしまうと懸念したのだろう。呑み込んだはずが、経営体質の強い幼稚園に逆に呑み込まれる心配もあったのかも知れない。その結果、期せずして厚労族と文教族の思惑が一致するという、政治家の幼保一元化共闘ができたと言える。
これではひらめきの首相もどうにもならない。案の定、麻生首相は5月29日になって「最初から全然こだわっていません。具体化の指示なんて言った覚えはありません」と発言し、日本中を唖然とさせて幕が引かれた。
残ったのは、「多くの国民が幼保の所管一元化を望んでいるのに、どうして幼稚園も保育所も反対するのだろう」という疑念である。「やっぱり施設の経営者は、子どものことより自分達の既得権益の方が大事なんだな」という誤解を生む心配もある。その疑念と誤解を払拭するために、全日本私立幼稚園連合会、そして日本保育協会、全国私立保育園連盟は、今回の騒動を振り返って、どこに問題があったのかを示すと同時に、自分たちが求めている一元化はどんなものなのかを、改めて国民の前に明らかにしていく必要があると言える。
幼稚園情報センター 片岡 進