払拭できないモヤモヤ感は何か

幼児教育無償化の疑問と不安

あえて異論をはさんだ二人の政治家

2018年3月19日
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森 喜朗(もり・よしろう)

森 喜朗(もり・よしろう)
元内閣総理大臣、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長、全日本私立幼稚園PTA連合会最高顧問。1937年7月生まれ石川県根上町(現能美市)出身。早大商学部卒(雄弁会)。元衆議院議員(1969〜2012)、通産相、建設相、文相、自民党幹事長など歴任。

上田清司(うえだ・きよし)

上田清司(うえだ・きよし)
埼玉県知事(2003〜)。1948年5月生まれ福岡市出身。法大法学部卒(弁論部)。元衆議院議員(1993〜2003)。

 森友学園をめぐる財務省の決裁文書改ざんで安倍政権の屋台骨が揺らいでいます。今年夏までに詳細な制度設計を示す予定の「幼児教育無償化」に影響がないか心配です。ところでこの無償化、署名運動など全日本私立幼稚園連合会(香川敬会長)の応援があって推進力が増したと言われます。しかし幼稚園界は、今ひとつムードが高まっていません。経営者に出会うたび「無償化で幼稚園はどう変わるでしょうか?」と水を向けますが、ほとんどの人が首をかしげ、言葉を濁します。
 その要因は、「子ども・子育て支援新制度に続いて、幼児教育が国の経済政策のダシにされた」という思いがあり、そして「これ以上国の借金を増やしていいのか?子ども達の未来を考えるなら、借金を減らすことを優先すべきではないか」という疑問が根強いからです。「無償化で、特色豊かな私立幼稚園は色を失い、公立型の教育になってしまうのではないか」と、義務化を含めた将来の不安も払拭できません。
 ごく素朴な疑問と不安です。でも、だからと言って異論をはさむ幼稚園経営者はいません。野党政治家も評論家もいません。「幼児教育が一番大事だ」と言われれば誰もが同意します。大昔から「三つ子の魂百まで」と言われ続け、身に染みてわかっているからです。「その幼児教育を無償化して親の負担を減らしましょう。欧州や韓国はすでにやっています。少子化の歯止めにもなります」と言われれば、これも「ちょっと待て」とはとても言えません。しかしモヤモヤ感が残ります。これが無償化に対する幼稚園界の現状と言えます。
 そんな中、あえて疑問を呈した政治家を二人見つけました。ひとりは全日本私立幼稚園PTA連合会最高顧問の森喜朗元首相です。安倍首相が衆院解散を表明した2017年9月25日に行われた同連合会全国大会でのことでした。森氏は挨拶の中で「昨今は幼児教育無償化が大きな政治テーマになっています。ただ、本当に無償化していいのか、という気持ちが私にはあります。親が一生懸命働いたお金で子どもに教育を受けさせるからこそ、教育は尊いと思うからです」と述べました。日本人の伝統的な親子論であり教育観です。さらに森氏は、挨拶の記録にはありませんが「だいたい無償化っていうのは……」と言いかけて言葉を止めました。これ以上踏み込んではマズいと思ったのでしょう。それでも同氏が抱く無償化への危機感は伝わってきました。

★上田知事「もっと国民的議論が必要」
 もうひとりは埼玉県の上田清司知事です。時事通信のニュースサイト「オピニオン」のコラムで、上田知事は「低所得世帯では既に保育料が減額または免除されている。無償化で最も恩恵を得るのは富裕世帯だ。本当にそれでいいのか疑問だ。『何のために、誰に、何を支援するのか』という政策の基本的部分があいまいなまま議論されている。より大きな視点で国民的な議論を深める必要がある」と述べた上で、「(幼児教育の重要性を言うなら)子ども一人ひとりにきめ細かい対応ができる教育人材の充実こそ大事だ。研修で人材の能力、専門性を高め、それにふさわしい給与で報いる考え方が必要ではないか」と提言しています。上田知事の娘さんは、長く幼稚園教師を務めました。だからこその実感がこもる提言だと言えます。
 実際、保護者の負担を考えると、上田知事が指摘するとおり、無償化が実現して幼稚園就園奨励費制度が廃止されると、これまで費用負担が減免されていた低所得世帯や多子世帯は、逆に負担が増える状況が心配されます。基本的な教育経費が全員無料になっても、行事運営、環境整備、特別活動、安全対策、通園、給食など、各園の独自性に関わる経費は残ります。就園奨励費は、その部分もカバーできるものでしたが、それがなくなると結果的に負担が増える形になります。こうした現実的な矛盾をどう解決していくのか、詳細な制度設計に注目したいと思います。

【参考資料(PDFファイル)】
※全日本私立幼稚園PTA会報に掲載された森喜朗最高顧問の挨拶
※上田清司レポート(後援会報)に掲載された上田知事のオピニオンコラム全文。
ようちえん情報センター 片岡 進