★水泡に帰すのか幼児教育無償化
自民党から民主党に政治が変わった。古い価値観と利権構造を壊し、新しい発想の社会システムを作り直そうという意気込みでは、足利義昭から織田信長に政権が交代した1570年代の状況に似ているような気がする。そんな激動の中で私立幼稚園の経営環境はどう変わるのだろうか。非常に気になるところだ。そこで、現段階で想定できる状況を考えてみたい。
特に今回の総選挙では子どもに関する政策が第一の争点になった。過去に例のないことであり、それだけに私立幼稚園が大きな渦に巻き込まれることは避けられないだろう。
民主の風ではないが、保育所志向の風に押されてきた私立幼稚園は、自民党が掲げた「幼児教育無償化」に状況好転の望みを託していた。もちろん不安もあった。「私立幼稚園の良さ、ユニークさが減衰するのではないか」「経営内容や人事に対する行政の介入が強化されるのではないか」「義務化につながり5歳から小学校入学になるのではないか」などである。しかし、とりあえず保護者負担の格差が縮まり、保育所や公立幼稚園と渡り合える土俵ができれば、私立幼稚園は今まで以上に力を発揮できると考えていたのである。
★青森コンビが仕組んだ電光石火
「幼児教育無償化」は、郵政民営化で沸き立った2005年総選挙の自民党マニフェストに初めて登場した。選挙直前に強引にねじ込んだのは、当時自民党で幼児教育を担当していた大島理森元文相(青森三区選出、現・自民党国会対策委員長)で、当時の全日本私立幼稚園連合会の会長は三浦貞子氏(青森県・白ゆり幼稚園)。青森コンビが仕組んだ電光石火の技だった。
そのため幼稚園関係者ですら「財政事情が厳しいのに、そんなこと本当にできるのかな?」と首をかしげた人が多かった。しかしマニフェストとはすごいもので、自民党と文科省は着々と作業を進め、2009年6月までに専門家会議、有識者会議の結論を得て、2010年度予算から3年計画で総額7,000億円の予算措置が出来上がる予定だった。しかし自民党の大敗であと一歩及ばなかった。
「健全な社会を実現するには幼児教育にお金をかけるのが一番だ」という認識が広がり、欧米諸国や韓国がすでに無償化を行っていると言っても、自民党が主要政策にあげたものを民主党が引き継ぐとは思えないので、これはしばらくお蔵入りになるだろう。
★財源確保は優先順位の変更で
民主党が打ち出した子ども政策の目玉は月26,000円の「子ども手当」である。必要なお金は5兆5千億円。半額スタートとなる2010年度予算でも2兆7千億円だ。ほかに高速道路無料化、公立高校の無償化、後期高齢者医療制度の廃止などお金のかかる政策がいくつもある。
自民党ならずとも「財源はどうするのか!」と突っ込みたくなるが、それはやはり自民党的発想なのだろう。これまで自民党が作ってきた制度を生かした上で、さらにこれらを上積みするなら財源はないが、自民党の制度をいったん白紙に戻し、民主党が優先する政策から順に予算をつけ、限度がきたところで後は切り捨てと割り切るなら財源の心配はないわけである。
民主党は、「行政の無駄遣いを徹底的に洗い出してお金を捻出し、制度の切り捨ては最小限にしたい」としているが、それでも切り捨てられる部分は相当あるはずである。私立幼稚園を考えても、経常費助成や就園奨励費が削減されるのではないかと危惧される。
ただ民主党は、日本がOECD加盟国の中で教育に対する公費支出が最下位ランクにあることを憂慮していて、現状のGDP比3.3%をOECD平均の5.0%まで引き上げたいと表明しているので、文科省予算にはさほど切り込んでこないとも考えられる。
問題は経常費助成財源の多くを占める総務省管轄の地方交付税措置だ。自治体が国庫補助の削減分を地方交付税で穴埋めしようとすれば、おのずと私学助成分にまで影響は及んでくる。場合によっては、都道府県から幼稚園に交付される現行の経常費補助が半分くらいに減ることだってあるかも知れない。そうなると授業料(保育料)を大幅に引き上げざるを得なくなり、地域によっては「子ども手当」を全部使っても幼稚園の保育料が賄えないという事態が起きることも想定される。
★新たなベビーブームが始まるか
とはいえ、どんな政策、制度にも光と陰があり、心配や問題点をあげればキリがない。ここはひとつ光の部分を考えてみよう。それは「子ども手当」によって子どもが増えるのではないかという期待だ。自民党もこれまで少子化対策には随分とお金を注いできた。しかし従来制度の補強が主だったため、実際に子どもを生む若者には中身が見えづらく、その結果、出生率を引きあげるまでの成果にはならなかった。ここ数年、出生率が持ち直していたのは第二次ベビーブーム世代が出産適齢期を迎えていたからにすぎない。
それが今度は、若い夫婦に直接お金が支給される。しかも思い切った金額である。実際当方の子ども達を含め、近所の若夫婦、幼稚園教師らの話を聞いてみると、民主党のマニフェストが出たあたりから、「それじゃもう一人つくろうかな」「早く結婚して子どもを生まなくちゃ」「同じ金額をもらえるなら田舎に帰って子育てしたい」と意識が変わってきたことが読みとれる。第三次ベビーブームの到来さえ感じさせる。
★実質的「教育クーポン制」の時代にも
そこまでいかなくても、どん底の1.26から持ち直した合計特殊出生率1.34(2007年度数値)がさらに上昇していくなら、民主党の基盤が強固になるのは間違いない。長期政権を築いて、「子ども手当」の額もさらに増額するかも知れない。
それは、子どもの教育費を親に預け、使い道は親に自由に考えてもらおうという形でもあり、民主党の重鎮・西岡武夫元文相(現・参議院議運委員長)の持論「教育クーポン制」に通ずるものと言える。これまでの「親は信用できないもの」から「親を信用しよう」と、子育ての発想を180度変えるわけである。
もし子どもが増えれば、補助金などでいろいろ問題はあっても、私立幼稚園全体に活気が戻ってくることだろう。そうなることを期待し、しばらくは民主党のお手並み拝見を決め込んでもいいかも知れない。その様子を見た上で、保育所や公立幼稚園との財政格差問題について民主党と議論を進めても遅くはないだろう。
逆に「子ども手当」でも子どもが増えなかった場合は、民主党政権はたちまち瓦解し、再び自民党が政権に復帰すると思われる。政権の命運は、まさに出生数にかかっているのである。
★認定こども園はどうなるのか?
もうひとつ気になるのは「認定こども園」がどうなるかだが、これは微妙である。保育所が足りない分を認定こども園でカバーしようという見方はもちろんあるが、2003年当時、小泉首相の幼保一元化構想が頓挫し、アッと驚く苦肉の策で誕生したのがこの「認定こども園」。しかし制度はわかりにくく、社会の認知度、期待度はさほど高くない。施設数も目標の2,000園には遠く及ばず358園(2009年4月1日現在)にとどまっている。
この自民党の苦肉の策を民主党が引き継いで推進していくとは考えにくい。当面制度は存続したとしても、期待されている「幼稚園型認定こども園」への運営費補助は望めないだろう。そして「認定こども園」の制度そのものが、やがて風化していくのではないかと思われる。
それよりも、「子ども手当」と同じく発想を180度転換することで想定されるのは、厚労省から保育所を切り離し、文科省に組み入れて幼児教育の管轄にしてしまうことである。そうすれば厚労省所管の保育所予算が教育予算に変わり、GDP比5.0%の教育予算実現に向けて大きな一歩になるのは間違いない。文句なしの幼保一元化で国民にも行政にもわかりやすい形になる。
民主党はマニフェストに「子ども家庭省」創設の検討をあげている。もちろんそれでも良いが、教育予算をかさ上げするには文科省にまとめた方が手っ取り早いだろう。厚労族議員が幅を利かせる自民党政権下では絶対に実現しないことだが、民主党ならやれるかも知れない。そんな思い切った政策こそ期待したい。
自民党政権の下で、私立幼稚園はそれなりの恩恵を受けてきた。しかし冷静に振り返れば、公立幼稚園や保育所に比べてだけでなく、他の私立学校に比べても冷や飯を食べさせられてきた。それでも教育活動で一番大事な幼児教育を懸命に支えてきた。その根本的な矛盾をどこかで解消してもらわなくては日本に未来はない。その視点から民主党政権に期待をかけてみるのも手ではないだろうか。
幼稚園情報センター 片岡 進