★実現できるか「脱官僚依存主義」
民主党政権のテーマに「脱官僚依存主義」がある。狭い意味では、政策立案から国会答弁まで官僚に任せてきたこれまでの自民党の政治手法を「何事も政治家主導」に改めることだが、もっと広い意味でば「制度重視から人間優先への政策転換」であると言えよう。
これまでの日本社会は、国民が道を間違えないようにと官僚が親切丁寧な制度をつくり、皆がその制度を利用するよう導いてきた。国民も官僚こそが自分たちを正しく導き守ってくれると信じてきた。身の回りを見渡せば、政治家を目指すのが目立ちたがり屋のガキ大将か世襲のボンボンなのに対し、官僚を目指すのは学業第一の真面目な優等生なのだから、そう信じたのも仕方ないことだった。
その官僚依存主義のおかげで日本社会は安定し順調に発展することができた。功績は大きかった。しかし一方では国民の信頼に安住し、「国民とはほとんどが馬鹿な大衆。一から十まで自分たちが指導してやらなくては道を踏み外す」という“エリート体質”を育んできた。「馬鹿な人間が選んだ政治家に国の舵取りを任せることなどできない」との理屈にも繋がったわけである。
だから官僚は、先輩のつくった制度と路線を一番大事に考え、それを補強し守り抜くことに命をかけてきた。人間よりも制度重視の政策を推進してきたのである。途中何度か公明党の要請で地域振興券、少子化対策特別交付金、定額給付金など人間優先の政策が顔を出すこともあったが、気分転換程度で済ませてきた。
ところが民主党への政権交代で、発想が全面的に180度転換された。その良い例が「子ども手当」だ。これは子育て支援や青少年育成に関わる「財源」を自治体や制度に投入するのではなく、直接親に預けて「自分で考え、自分で選択し、わが子のために有効に使ってください」と委託するものだ。個人消費による経済活性化のネライもあるようだが、それは副作用みたいなもので、主眼はあくまで「制度から人間への転換」と考えるべきものと思う。
温室効果ガスの25%削減も、制度や実績から可能値を積み上げるのではなく、高い目標をドンと打ち出すことで国民一人ひとりの意識と生活を変えてもらおうという呼びかけであり、やはり「人間優先主義」に通ずるものだ。
逆に考えれば、そうした民主党の人間優先政策にほころびが出たときにこそ、自民党復活のチャンスが生まれると言える。
★打たれ強く粘り強いのが官僚
こうした発想転換が支持されたのは、官僚が大事に守ってきた制度に汚れがたまり、ガタがきたからにほかならない。いわゆる制度疲労である。そういう点では、一度やり方をガラッと変え、制度の掃除と再構築を考える上で良い機会だとも言える。
しかし官僚にとっては、大切な財源を国民にポンと渡したりしたら、それこそもっともひどいムダ遣いだと思え、耐え難い政策転換だろう。「お手並み拝見」というわけにもいかず、渋々ながらも新政権の政策推進を手伝わざるを得ない立場でもある。
そこで「所得制限を設けた方がいい」「使い道が限定できるよう現金ではなくチケット支給にするのがいい」など手当の中にいろいろな官僚的制約を組み込もうと頭を巡らせている。
それが政治家パワーと官僚マジックの対決構図となるわけだが、何しろ官僚は賢くて芝居上手だ。実現したと思った民主党のマニフェストが、官僚の術中にストンと落ちていく可能性は大きい。
私も何度か現職官僚や元官僚と机を並べたことがあるが、彼らは非常に緻密でまじめで、大した残業をしなくても時間内に仕事を仕上げてしまう。つまり有能なのだ。何より驚いたのは、上の者、下の者、あるいは部外者からどんなに悪態をつかれてもサラリと受け流していたことだ。人並み外れた打たれ強さ、粘り強さを備えている。まさに目先のプライドより国家的プライドで動いているのかも知れない。
★高校無償化と子育て応援手当の謎
そんな妖怪のような官僚組織と張り合っていくのは並大抵のことではない。たとえば文科省が所管する「高校無償化」は、マニフェストに謳われていた保護者への直接支給から学校設置者への間接支給にあっさりと方針転換された。川端達夫文科相は「市町村を通じて各世帯に支給する場合、事務経費が数百億円かかるそうだ。市町村の手間暇も事務経費もかからない方が望ましいから」とその理由を説明した。官僚の意見を鵜呑みにするのもどうかと思うが、「制度重視から人間優先」という政治哲学について十分な考察があったのかどうか、はなはだ疑問である。
もうひとつは長妻昭厚労相が苦汁の決断をしたとされる「子育て応援特別手当」の補正予算からの削除である。これは小学校入学前の3〜6歳の子どものいる家庭に1人あたり36,000円を今年12月に支給するものだった。自民党と公明党がマニフェストに掲げた「幼児教育無償化」を前倒しする意味合いを含んでいたが、それは民主党の「子ども手当」の思想とも重なるものだったはずだ。
しかし「公明党が強く主張した予算を認めるわけにはいかない」と追加カットに差し出された。これも穿った見方をすれば「子ども手当の料理法をこれから練っていくときに、似たようなものが先行したのではやりにくくなる」という官僚の思惑が働いたと考えられる。
★心配な私立幼稚園補助金への影響
つまり鼻息荒い民主党も、気がつけば搦め手から官僚に操縦される結果になりかねないということだ。特に、これまでなかなか整理できなかった予算や自公政権が力ずくで増額させてきたような予算は、これ幸いにと官僚が民主党を利用して切り込んでくる心配がある。
私立幼稚園に関わる「就園奨励費補助金」と「経常費補助金」はここ数年、他の私学予算に比べて突出して増額されてきた。そこには幼児教育を重視する世界的背景があったとはいえ、森喜朗元首相らを中心にした自民党の強い後押しがあったことは否定できない。
その点では、今後の「子ども手当」がらみの予算編成の中で何らかの影響を受けることが懸念される。民主党全体の動きと同時に、川端文科相の動き、そして官僚の見えざる動きにも十分注意を払い、いつでもすぐに私立幼稚園の正論を出動できる準備を整えておくことが肝要である。
幼稚園情報センター 片岡 進