★世界をリードする幼児教育の拠点に
2009年10月の半ば、気になるニュースがラジオから流れてきた。鳩山内閣の行政刷新会議担当・仙谷由人大臣が民放テレビ番組で、厚生労働省について「事業範囲が広すぎて日常的な問題をたくさん抱えている。機能別に再編成しなければいけない」と指摘。文部科学省と合わせて「子ども家庭省」「教育雇用省」「社会保険省」の三つに組織再編すべきだとの考えを示した、というものだった。
大小二つの粘土の固まりを一つにまとめ、同じくらいの大きさの三つの固まりにちぎり分ける大胆なイメージである。
8月の総選挙で民主党はマニフェストに「子ども家庭省(仮称)の設置を検討する」という一項目を入れていた。「縦割り行政の子どもに関する施策を一本化し、質の高い保育環境を整備する」ことの具体策としてあげていた。
小さい字で書かれているし、選挙中の報道でもほとんど取り上げられなかったので取り組みへの優先順位は低いと思っていたが、それでも民主党政権になったのなら「この卵は大事に温めて孵化させてほしい」と願っていた。
これまでの保・幼二元行政はたしかに弊害を多く生んできたが、保育所と幼稚園を切磋琢磨し、日本の幼児教育・保育の基盤を強くした功績も大きい。しかし今後「子ども増員政策」を成功させ、世界をリードする幼児教育を推進していくには、やはり制度と財政を一元所管する省庁が必要だと思うからだ。
★麻生構想挫折の教訓を生かせ
ところがこの発言だ。仙谷大臣の意気込みはわからなくもないが、厚労省の分割再編といえば思い出してほしい。そう今年5月、時の麻生太郎首相が突如、厚労省を「社会保障省」と「国民生活省」の二つに分け、国民生活省の中に保育所、幼稚園、認定こども園を取り込んだ「児童局」を設置する構想を打ち出したことだ。
劣勢な選挙状況を挽回するアドバルーンにしようと麻生首相は考えたのだろう。さっそく与謝野財務相、河村官房長官に具体化を指示した。関係者は皆ビックリしたが、2003年に全日本私立幼稚園連合会が提言した「子ども省」構想と共通する部分があったため、ヒョウタンから駒が出るかも知れないと密かな期待もあった。
しかし自民党の厚労族、文教族から「そんな話、聞いてない」と反発を受け、あろうことか閣僚メンバーである桝添厚労相、塩谷文科相も加わっての首相袋叩きが行われた。やむなく麻生首相は「そんなこと言った覚えはない。みんな勝手に勘違いしたんだ」という呆気にとられる発言で幕を引いた。
一連の首相迷走劇の中でも最たるもので、これが自民党大敗への引き金を引いたと言えるが、このときわかったのは省庁の分割再編問題は、うかつに発言してはいけないということだった。政治家にも官僚にも根回しし、慎重に舞台(審議会)を作って煮詰めていかないと構想の芽はたちまち根絶やしにされてしまうということだ。
政権が変わっても、日本社会の基本体質は変わるはずもないので仙谷氏の発言に冷やっとしたのである。ここでまた「子ども省」構想の芽が踏みつぶされたのでは、しばらくは立ち上がれないのではないかと思うからだ。
幸い、平野官房長官から「それは仙谷さんの個人的意見でしょう」という冷たい反応があっただけで、仙谷大臣からの追加発言や厚労相、文科相からの反発意見もなく、どうやら事を荒立てずに済んだようである。
★マニフェストの土台、育ち育む応援プラン
民主党の「子ども家庭省」構想は、2006年5月に発表された「未来世代応援政策“育ち育む応援プラン”」の中に記されている。同プランには月2万6千円の子ども手当、高校の実質無償化も盛り込まれておりマニフェストの土台になっている。それら子ども関連政策を所管する省に位置づけられているので、高校生までが守備範囲のようだ。詳しくは下記のHPを参照してほしい。
http://www.dpj.or.jp/special/kosodate/children_first.pdf
子どもの最善の利益を守る「子どもの権利条約」を基本にしたもので、趣旨には賛同できる点も多々あるが、それが先に厚労省分割があって、ついでのドサクサから生まれる形であってはならない。
社会保険庁と国税庁の統合など、民主党マニフェストはほかにも省庁再編に触れているが、子どもに関することは最も大事なことなのだから、最初に厚労相と文科相の間で「なぜ子ども家庭省が必要か」「どんな内容が理想か」ということを話し合った上で、そこから省庁全体の再編に話を進めてもらいたいと願っている。
「民主主義とはプロセスである」と言われる。そのプロセスの取り違えで民主党政権は出だしにつまづいた感があるが、子ども家庭省については手順を間違えないようにしてもらいたいものである。
幼稚園情報センター代表・片岡 進