★借金中毒に立ち向かう荒療治
2009年11月、東京市ヶ谷周辺は報道中継車、右翼街宣車、風呂敷包みの官僚、それに見物客が右往左往し、時ならぬ賑わいを見せた。外壕を隔てて私学会館とは反対側にある国立印刷局の体育館で、民主党の「事業仕分け」が10日間にわたって行われたからだ。もちろん私も行ってきた。野次馬根性だけはまだ旺盛だと思っている。その日はうまい具合に枝野幸男衆議院議員(元・民主党政調会長)、蓮舫参議院議員が属するグループが文科省の事業を担当したため、白熱のやりとりを間近に見ることができた。
「官僚の吊し上げではないか」「科学技術予算を切り込むのはけしからん」「スポーツ振興をどう考えているのか」など、そのスタイルと仕分けの中身には異論も多いようだ。どんな事業にも理屈があり、それを頼みに活動し生活している人がいるのだから言い分も理解できる。しかし年収400万円の家庭が900万円も金を使っているような絶望的浪費癖、借金中毒を治すには情け無用の荒療治もやむを得ないと言えよう。
それにやりとりをよく聞いていると、事業そのものの意義を否定するケースは少なく、大半は大義名分の陰で巣くっている放漫経営、過剰な人員配置を是正する指摘だった。
たとえば私が見た国立大学(独立行政法人)の運営費交付金の議論では、「あなた達は学術研究の大切さを何と心得ているのか、日本の将来にとってもっとも大切なことではないか!」と文科省の官僚は色をなして反論したが、「研究活動をやめろと言っているのではない。自主独立で運営すべき大学に理事や事務局長のポストで文科省の現役職員が169人も出向しているのがおかしい。文科省の余剰人員を大学に押しつけているのではないか。大学側もそれを受け入れれば交付金の水増しが期待できると思っているのだろう」と指摘されると、とたんに迫力を失い「以前は500人いたのをここまで減らしたのに……」という小声の弁明も、「それだけ余分な人員を抱えていたということでしょう」と切り返されてヤブヘビになった。
★「弱小大学」の表現にピシャリ
文科省が重要性を力説する各種のモデル事業については「どれも5年の年限で輪切りして、後は勝手にやれという方が学術研究の継続性を軽視しているのではないか。結果が何も残らないことすらある」と仕分け人は指摘した。
また文科省官僚が説明の中で再三「大手大学」「弱小大学」という表現を使ったことに対しては、「規模の大小にかかわらず、すべての大学に配慮すべき文科省が“弱小大学”という言葉を使うのはいかがなものか」と指摘され、多弁の官僚もしばし言葉を失った。経済産業省の官僚が「中小企業」を「弱小企業」と呼んだに等しい表現である。
事業の存廃に判定を下す仕分け人のことを、かつてのテレビ時代劇「必殺仕掛人」になぞらえて「必殺仕分人」と呼んでいる向きもあるが、さながら枝野幸男氏は真っ向から刀を一閃振り下ろす中村主水(藤田まこと)、蓮舫氏は背後から忍び寄って急所を針で一突きする藤枝梅安(緒方拳)のように見えた。
かつて、1970年代まではこうした予算攻防は、旧大蔵省の主計官と各省の担当官の間で火花を散らしていた。激論の末、主計官が「わかった、あなたの言うことに利がある」と納得した事業に予算がついてきたものである。おかげで赤字国債の発行は極力抑えられていた。
ところがその後、各省に自民党の族議員が応援団でくっつき、自治体や業界団体の要望を力づくで実現するようになり、借金が大幅に増えた。この間に官僚の論戦力も低下したらしく、その説明はどれも上づっているように聞こえた。
事業仕分けを機会に官僚は自らを鍛え直し、政治家と渡り合える論陣を張ってもらいたいものだ。そうすればこの事業仕分けは、日本国家を立て直す上でもっと意味の大きなものになってくるだろう。
★本番査定で幼稚園予算の切り込みも
と、こんなノンキなことを言っていられるのも私立幼稚園関係予算が俎上に乗らなかったからだ。もし対象になっていたらノーベル賞受賞者やオリンピックメダリストのように憤然と抗議の声をあげていただろう。赤字ぶくれの国家予算とはいえ、我が身に火の粉が飛んできたのでは赤い血がバッと噴き出し、血まみれになって反撃の刀をとらざるを得ない。それがなかったのは幸いだった。
しかし事業仕分けで捻出できた金額は2兆円弱。年間40兆円以上も借金しなければいけない状況を考えると余りにも少ない。今後、本番の予算査定で私学予算、幼稚園予算が切り込まれる可能性はあると言わざるを得ない。
この事業仕分けをすでに実施している県市はいくつもあるそうだが、今回の注目でこの手法が全国に広がっていくことも間違いないだろう。その段階で幼稚園予算が対象になる可能性も大きい。
そのとき大事なことは、「なぜ私立幼稚園に対する公費助成が必要なのか」「同じ日本の子どもでありながら、保育所や公立幼稚園に通う子ども達に比べて、どうしてここまで冷遇されなくてはいけないのか」という論点と気迫を私立幼稚園関係者が皆で共有することだ。
そして1時間の議論の中で、的確な比喩と論拠を用いながら簡潔にわかりやすく話のできる論客を幼稚園経営者の中にたくさん養成することである。事業仕分けを見て強く感じたのは、決め手は盤石な視点と論破できる力だと思ったからだ。私幼団体においては「こどもがまんなかキャンペーン」の推進と併せて、その備えを怠らないでもらいたい。
幼稚園情報センター代表・片岡 進