揺らぐ幼保一体化への思惑

全日私幼連、日保協が「こども園構想」に反対表明

民主党政権のごり押し主義に異論反論相次ぐ

2010年11月7日

★新システム議論の四つの問題点
 「幼保一体化・こども園構想」の実現をめざす子ども・子育て新システム検討会議は、菅改造内閣の発足に伴い作業グループの主査が末松義規内閣府副大臣にバトンタッチされ、同時に作業グループの下に「基本制度」「幼保一体化」「こども指針(仮称)」の三つのワーキングチームが設置されて9月末から議論が続けられている。(各ワーキングチームの委員構成は10月6日付け「幼保一体化こども園構想の動き加速へ」の記事に添付)
 それまで密室で行われてきたことが、ようやく現場関係者、専門研究者らが加わる公の場に持ち出されたわけだが、案の定、政府側の考え方、やり方には異論反論が次々に提起された。年内に最終案をまとめ来年3月にも法案を通常国会に提出し、2012年からの法律施行をもくろむ政府側のスケジュールは揺らいでいる。
 異論反論の趣旨は四つある。ひとつは日本人の「人づくり」の根幹に関わる何より重大な問題であるのに、先にスケジュールを決め、官僚に無理矢理作らせ構想案を関係者に丸飲みさせようとする強引なやり方に対する抵抗である。
 二つ目は人間の気持ちがもっとも強く反映される幼児教育、保育であるのに、制度を変えれば人の気持ちも変えられるという思い違いに対する指摘である。
 三つ目は幼稚園は130年、保育所は60年の長きにわたって積み重ねてきた文化があり、幼稚園、保育園をわが故郷と思う人々の歴史がある。また幼稚園、保育園とともに育んできた子育ての伝統、地域風土がある。それをわずか数回の会議で切り捨ててしまう暴挙への反発である。
 そして四つ目は子どもの幸福、健全な成長に目をつぶって経済戦略・雇用政策ばかりを考え、「日本の女性は優秀で勤勉だ。もっと働くべきだ。母親も子育てする暇があったら工場に行ってくれ」という学徒動員的思想に対する糾弾である。
 それらはすべて、低迷する民主党政権の支持率回復をねらう思惑から生まれているものであり、「そんなことで子どもや家庭がこれ以上犠牲にされるのは許されない」という当事者の怒りでもある。
 その剣幕に民主党政権はタジタジとした。末松主査は「(日経新聞等の)幼保一体化の報道はイメージが先行したために一部誤って報道されたが、政府が示した資料は事務局案ではなくあくまでイメージであり、内容は会議の中で決めていく」と丸飲みを求めているわけではないと釈明した。
 主査補佐を買って出て、「幼保一体化は私のライフワーク。この構想は私が起案した」と語る小宮山洋子厚労副大臣も「イメージは(現場の方々にとって)一番きつい例を示したので、これをもとに現実的議論をしたものが案になる」と原案ごり押しはしないと発言した。
 それでも「政権浮揚には幼保一体化を早く決めることだ」との強硬突破姿勢が見え隠れしている。そこで日本保育協会、全日本私立幼稚園連合会、全国国公立幼稚園園長会などが相次いで「絶対反対」の姿勢を打ち出し、状況はさらに動いた。それはすなわち政治的対決構図が浮かび上がったということで、予断を許さない緊迫感が漂ってきた。

★保育所団体の反対論拠は財政問題
 日本保育協会は10月25日放映のテレビ朝日「報道ステーション」の中で反対を表明した。しかし「なにゆえ反対か」の論点はほとんど紹介されず、「政府関係者、与野党関係者に幅広く反対陳情を行っている」と政治活動の部分が強調された中身だった。「2時間もかけて問題点や反対の根拠を説明したのに肝心な部分がカットされた」と日保協の人たちは憤るがテレビの非道さはそんなものである。それでも政府与党に対して「反対」を明言した姿勢は大いに評価される。
 保育所団体の反対根拠は主に財政問題にある。現行の幼保財政規模のまま一体化に移行したら、旧保育所に対する公費補助が大幅に減るという懸念だ。補助の少ない私立幼稚園、株式会社、NPOが合流することによって保育所のパイが奪われるということだ。それは人件費や人員配置を削ることであり、保育の質低下を招くという問題である。
 そこで、現行保育所への助成水準が維持されるだけの大幅な(数千億規模の)追加財政措置が約束されないかぎり「反対」であるという論である。財政困難な政府にそんな余裕があるはずもなく、その負担を自治体や利用者に回したのでは総スカンは必至だ。新システムの財政設計の矛盾をついたものである。
 また今回の幼保一体化構想が、保育所利用者の利便性、選択性を拡大し、施設経営に競争原理を持ち込む「保育制度改革」を前提にしていることへの抵抗も強い。「制度改革は親のわがままを許し、子どもの利益にはならない」との論拠である。

★幼稚園制度の堅持を明確に主張
 その翌日の10月26日、こんどは全日本私立幼稚園連合会が第26回設置者・園長全国研修大会を行っていた神戸で「緊急声明」を発表した。(全文と補足説明は巻末のリンクに添付)
 その趣旨は「学校教育の始まりは幼稚園から」と明記されている学校教育法第1条の改正を前提とする幼保一体化なら絶対反対と論点を絞っている。それは現行のように幼稚園、保育所、認定こども園があり、設置運営する側も利用する側も、それぞれの考え方で自由に選べる形ならいいが、すべてを強制的に「こども園」に移行させる権力の横暴は許さないということだ。幼稚園制度を守り抜くという強い姿勢を示したのである。
 具体的には、現行制度を残し、こども園の認定条件を緩和してメリットを加え、幼稚園型、保育所型のこども園を増やすことである。民主党の幼保一体化主張を生かし、なおかつ幼稚園、保育所が育んできた文化、歴史、風土も生かしていくということでは極めて妥当な主張である。財政負担も最小限で済む。
 しかしこれでは自民党政権が作った制度を少し手直しするだけになり、政権交代のアピール度はほとんどない。民主党にとってのうまみがないので、そう素直には乗ってこないだろう。国民全体の実際的利益より政党のうまみを優先させようとするのだから、民主党というのは困った人達である。

★幼稚園は子どもと親の代弁者
 ここで注意しなければならないのは、マスメディアが、政府案に反対する幼稚園、保育所関係者を「改革を阻む抵抗勢力」に仕立てあげようとしていることだ。ニュースの構図にしやすい“悪者”づくりである。そしてその構図を民主党政権が利用しようとしていることである。
 幼稚園、保育所関係者は決して抵抗勢力ではない。モノ言えぬ子どもたちの代弁者であり、勤め人のしがらみにある親の気持ちの代弁者でもある。
 このことを明らかにするためには、一人ひとりの幼稚園トップが代弁者としての自覚を持ち、自園の教職員、保護者に事実を話し、地元選出の与野党国会議員、県会議員、市会議員に主張を伝えていくことが肝要だ。そして、悪者づくりをするマスメディアにはハガキ、FAX、電話、メールなどあらゆる手段を使って意見していかなくてはいけない。全日私幼連は「幼保一体化対策本部」を設けて臨戦態勢に入った。個々の幼稚園でも園独自の「対策本部」をつくった気持ちで取り組んでもらいたいものである。

※全日私幼連の緊急声明と補足説明(PDFファイル)
幼稚園情報センター・片岡 進