「こども園構想」と株式会社参入

イコールフッティングが及ぼす影響は何か

職員採用がますます難しくなる状況が

2012年3月26日

★こども園構想の三段論法
(1)日本の経済を活性化させ成長させていくには労働力を増やすことが必要だ。しかし外国人労働者を幅広く受け入れると、犯罪が増えるなど日本社会の秩序の乱れが心配される。
(2)日本国内には活用されていない優秀な労働力がある。女性だ。特に子育て中の若い母親の能力は高い。この人たちがこぞって労働市場に出てくれる環境をつくらなくてはならない。
(3)その足かせになっているのが、三歳児神話と家庭教育神話で専業主婦を支持する幼稚園の存在だ。これを消滅させ、すべて保育所型施設に一本化していくことが必要だ。
 これが民主党政権「こども園構想」の三段論法である。「子育てする暇があったら工場に行け!」とは、太平洋戦争中の学徒動員に通ずる。影の総理こと仙谷由人氏(元内閣官房長官)、小宮山洋子厚生労働大臣ら政権中枢で根強く生きている思想である。「どんなにきれいごとを並べても、今回のこども園構想は動機が不純。こどもの権利、利益を踏みにじるものだ」と指摘される所以である。
 その民主党政権の詭弁を国民はしっかりと見ている。2012年2月8日にTBSラジオ、2月23日にNHKラジオが「こども園構想」の特集を2時間にわたって放送したが、聴取者からは不純な動機を突く意見が相次ぎ、番組担当者も、山縣文治氏(大阪市立大学教授)らコメンテーターもたじたじとなった。

★キーワードは四つ
 そうは言っても事態は最終段階に入り、「子ども・子育て新システム法案」が3月末に国会提出の見込みとなっている。財源確保のからみで消費税アップ法案とセットになっているが、場合によっては単独で提出される可能性もある。
 法案の中身は複雑多岐でわかりにくいが、幼稚園経営者として押さえておくべきキーワードは次の四つである。
(1)土俵をひとつにする施設の一体化(「総称こども園」と「総合こども園」)。
(2)公費負担は、すべて子ども本人に対する直接給付(児童手当とこども園給付)。
(3)実施主体(計画策定、指導監督、財政管理)は市町村。
(4)イコールフッティング(株式会社等の参入)。
 どれも大きな問題を抱えているが、ここでは最後のイコールフッティングを考えてみたい。これが、すぐにも私立幼稚園の経営に影響を及ぼすことになるからだ。それは職員採用の問題である。

★毎年500人を採用する企業も
 ここ数年、私立幼稚園では職員の採用が思うようにできず、特に新卒の採用が難しくなっている。その要因のひとつに、全国展開の大規模な保育施設グループが大量採用していることがある。
 かつて株式会社の保育施設といえば認可外が定番で、一歩進んだ形でも東京都の認証保育所や市区の委託保育所という形だったが、今は名古屋市や東京世田谷区など一部地域をのぞき、公設民営の受託を含め認可保育所の運営を認めている。所要の公費が投入され、財政基盤が保証されている。そこが50人、100人の単位で職員を募集してくるのである。
 学生も、あえて企業立保育所を希望するわけではないが、1〜2人の採用枠で募集する私立幼稚園より、50人、100人の方に目が向くのは仕方がない。入学定員の多い大学、短大を受験したがる心理と同じだ。先輩から「同期入社の仲間が大勢いる。マンション風のすてきな社員寮がある。結婚して居住地が変わっても勤務先を変更して仕事を続けられる」などの話を聞くとなおさらである。
 その株式会社立保育所が、こんどは学校教育法に位置づけられる「総合こども園」に自動的に移行するなら、いつの間にか学校の設置体に株式会社が参入することになる。そうなると、幼稚園への就職にこだわっていた人も、心おきなく株式会社立総合こども園に就職しようと動き出すのは間違いない。

★応援団の大合唱

 2011年現在、首都圏を中心に104の保育所を設置運営する(株)JPホールディングスという会社は、7000人の園児、2500人の職員を抱え、毎年新たに500人の保育士を採用している。そのほとんどが幼稚園教諭免許も持っているのだから、幼稚園の採用状況が厳しくなるのも当然だ。しかも同社は100人単位の社員寮をいくつも保有し、東北、北海道からの採用に力を入れている。東北の採用状況が悲惨な状況にあるのは推して知るべしである。
 このJP社の山口洋社長が、新システム検討会議ワーキングチームの委員として、株式会社参入を徹底して主張した人物だ。その主張を大日向雅美氏(恵泉女学院大学教授)、中島圭子氏(連合政策局長)、小宮山洋子氏(厚労相)という「大中小トリオ」が支え、日本テレビの宮島香澄氏、フジテレビの木幡美子氏という弁舌さわやかな人が応援したのだからたまらない。
 どんなに中身の良い保育活動をしていても、教員を採用できなければ私立幼稚園の経営はジリ貧になってしまう。株式会社の台頭が既存の学校法人立幼稚園、社会福祉法人立保育所を苦境に追い込んでいくことは目に見えている。

★株式会社対策の具体化を急ぐべし
 そうした状況が見通せながら、民主党政権と霞ヶ関官僚が、あえて株式会社の参入を盛り込み、反対や慎重意見を押し切ったのはなぜか。ひとつは、それら施設が大都市部の待機児問題を緩和して行政を助けてきた実績があることだ。まだしばらく続く待機児問題も、この人たちの手を借りなくてはどうにもならないと思っている。
 そして「社会全体で子育てを支える」という新システムの理念からすると、認証保育所や認可外施設に通う子どもたちにも財政支援の恩恵を与えなければ筋が通らないことになる。
 もうひとつ、「待機児対策に追われるのもあと15年くらいだろう」という行政側の読みがある。それ以降は大都市部でも施設過剰となるわけだが、そのとき「もうこの事業にうま味はない」と手早く撤収してくれるのが企業立施設で、残るのは旧来からの社会福祉法人、学校法人だろうとの読みだ。
 果たしてそうなるだろうか。企業側は「中身の良いもの、時代の要請に応えるものが残る。経営能力の弱い学校法人、社会福祉法人が束になって頑張っても株式会社に太刀打ちできるはずがない」と読んでいる。待機児問題が落ち着く頃には、日本中すべての「総称こども園」「総合こども園」が、アメリカやオーストラリアのように数社の株式会社の傘下に入ってしまう状況もあるかも知れない。このイコールフッティングによって土地、財産を寄付行為した学校法人、社会福祉法人が逆に不利になるのなら、おかしなことである。
 かといって、上記のような経緯と現実を考えると、法案からイコールフッティング条項を削除修正するのは難しいだろう。株主配当については、「社員の持ち株制度に還元するので、働く人たちの待遇改善に貢献する」としているが、それも詭弁だろう。そこにも不純な動機がひそんでいる気がしてならない。
 ともあれ、この動きに対抗するには個々園の頑張りではどうにもならない。全国団体も都道府県団体も、今こそ組織の総力をあげて、株式会社対策を具体化すべきである。時間はない。今すぐにでも走り出してほしいと願っている。 
幼稚園情報センター・片岡 進