★卒園式で最後の本を朗読する園長先生
絵本の読み聞かせ、紙芝居、素話、人形劇など、幼稚園の子どもが大人の肉声、演技を通じて物語に接する機会はいろいろある。
「朗読」というのもある。親、先生が日常的に読んでくれることもあるし、園児保護者のサークル、地域のボランティアグループの方が、お誕生会などの折に聴かせてくれることもある。絵本や紙芝居のような絵柄はない。素話、劇のような演技もない。あるのは本を読む人の姿と声だけである。シンプルである。それだけに子ども達の頭の中では、いろいろなイメージが自由に組み立てられていく。
ラジオやCDで聴く朗読ならもっとシンプルだが、読む人の姿を見ることは大きな意味を持つ。後に子ども達が自分一人で本を音読するとき、その姿勢、本の持ち方、声の出し方、聴く人との接し方に影響を及ぼすからだ。
ある幼稚園の卒園式でこんな光景に出会ったことがある。挨拶に立った園長先生が、「みんなにはこれまでいろんな本を読んできたね。ではこれから最後の本を読みます」と言って、卒園児、保護者が見つめる中、1冊の本を広げて読み始めたのである。
毎日、子どもが服を汚したり破いたりして帰ってくるので洗濯と繕いに追われるお母さん、いつも「おなかすいた、何かない」と子どもが言うので食べ物の用意に追われるお母さん。でも子どもが寝た後、洗濯物をたたんでいて「あんなに小さかったのに、いつの間にかこんなに大きくなって」としみじみ思い、毎日のバタバタも喜びに変わるという話だった。居合わせた祖父母なら実体験として思い当たるレトロな物語だが、母も父も、そして卒園児たちもぼうだの涙を流して園長先生の朗読に聴き入った。
これがCDだったら涙はなかったかも知れない。そこに園長先生の姿と声があったから、人々の心を揺さぶったのだと思う。
声に出して本を読むことは、美しい日本語を身につける基本の行為でもある。しかし昔に比べて、その機会は激減した。ときどき小学校、中学校で国語の教科書を朗読する子どもを見ることはあるが、その姿、声からは美しさも張りも消えているように思う。
そこで、朗読の良さ楽しさを改めて広げていくには、幼稚園の子ども達、先生、お母さん方に聴いてもらうのが一番だと活動の場を求めている人がいる。飯島晶子さんである。第一線の朗読家であり、NPO日本朗読文化協会の理事であり、また(有)Voicek(ボイスケ)の代表として朗読文化の普及推進に汗を流している。
幼稚園で本物の朗読会を開いてみたい、と考えているなら、必要最低限の費用で飯島さんが来てくれるので、ぜひ一度相談してみるといい。幼稚園だけでなく周辺地域の朗読に対する意識、文化が一変することを請け合う。
ご参考までに飯島晶子さんが朗読している動画を添付したのでご覧いただきたい。中身は俵万智「恋する伊勢物語」の一節。大人向けの朗読会だが、その姿、声がわかる。
※飯島晶子さんの朗読の様子(
YouTube)
※飯島晶子さんのメールアドレス info@voicek.co.jp
※(有)Voicek(ボイスケ)のHP
http://www.voicek.co.jp/